■第2部パネルディスカッション 「北上川魅力創造・全国への発信」

  ○パネリスト
    隈  研吾(建築家)
    中沢 新一(中央大学総合政策学部教授)
    平山 健一(岩手大学工学部教授/北上川流域連携交流会代表世話人)
    増田 寛也(岩手県知事)
    浅野 史郎(宮城県知事)
  ○コーディネータ−
    残間里江子(プロデューサー)
  ○アドバイザー
    青山 俊樹(建設省東北地方建設局長)

変わる川づくり

残間  川が変わったと言われるわれるようになつて3、4年でしょうか。一昨年の平成8年6月に河川整備に関する新しい答申がなされました。流域あるいは人と川の関わりあいを、再構築しようということが言われています。今までは洪水・渇水対策や工業・農業用水など、利水に行き過ぎたのではないか。もつと親水、川と親しむ環境を入れようということになりました。では、実際に川は変わつてきたのか、まず青山さん、平山さんにお話ししていただきたいと思います。
青山  平成8年の12月に河川審議会から答申をいただき、それを受けて平成9年に河川法の改正をいたしました。一つは河川整備の目的に治水、利水に加えて環境を入れたこと。もう一つは、地域の方々に意見を聞いて整備計画を作るという点です。住民の方々、市長村長の方々の意見を聞くということを、法律ではっきりさせたというのが大きな変更点であつたと思います。
 この背景的を私なりに分析してみますと、まず自然環境を大切にするというのは、昭和50年代にはほとんどございませんでした。予算要求で本省や大蔵省に行く場合、環境に配慮した、例えば「ホタルの産卵に配慮した河川にしたい」という要求をいたしますと、「そんなにお金が余っているのか」という応えが返つてまいりました。
 それが昭和60年頃から変化が始まりました。世の中の全体が物質追及型から心重視型に大きく変わったなという実感もございまして、それが先ほど言ったように、環境を目的に加えるという変更につながったんだと思います。
 それから、住民の方々に意見を聞くというのは、今まで河川法というのは、非常に強い法律でございまして、知事の意見を聞くまでが精一杯で、地元のみ長村長さんの意見を聞くという形にはなっていなかったんです。それが長良川の河口堰の問題のように、関係県の知事さん、地元の方々、漁業等の補償関係者などの
同意を得るだけでなく、世の中全体に対して説明をきちんとし、納得を得なければならないという状況に変わってきました。そのような時代の流れを反映した変更だったのではと思います。
 では、情報公開をどのようにやるかというと、膨大な報告書を全部毎日マスコミの方々に記者発表しても、新聞記事にならなければ、何の情報としても残らないわけです。ですから、例えばダム審議会というような場所を作って、その場で徹底的に情報公開をすることが必要でしょう。それにより議論が深まり、物事を前向きに進めていくきっかけにもなるんじゃないでしょうか。
平山  環境、地域を重視する方向に変わったということは、全国一律から、地域の特色を生かすとか、国主導から地域主導、住民主導という方向になったということで、北上川のように財産に恵まれている所では非常に歓迎すべき方向だと思います。
 ところが河川行政の変わり方はかなり急激で、本当にここ10年ぐらいでl80度ぐらい変わつたのではないかと思います。すると、それについていけない部分がかなりあります。
 我々のレベルでもまだ充分に対応できていません。「川の学校」などを開いて人材を養成しているんですが、もし川の学校で事故が起きたらどうしようとか、川の学校の事業自体、行政的なバックアップもない状況です。市町村のレベルで言っても、細かい問題に対応する人もいない。
 ですから急激な変化によるギヤップを埋めるためには、やはり移行期間が必要だと思いますし、国、県の支援が必要になってくるのではないかと思います。

川を見つめ直そう

残間  増田さん、今岩手県は、河川整備計画については、どのあたりにいらつしゃいますか。
増田  今までは川が暴れた場合、堤防を築いて川を堤防の向こう側へやって、できるだけそこにはさわらないようにしてきました。我々は陸地の側から川を見てきたということです。今日ここにおいでの方々も、北上川の川の中から岸辺を見たという人は数が少ないのではないかと思います。ですから、これからは川からの視線でやろうと考えています。
 すると、川の方から沿川の市町村に川の立場でお願いが出てくる、県にもいろいろと出てくることになると思います。まだそういうところだと正直思います。
 先ほど第1部で、水沢市長さんから、これからの子供たちに川のことを勉強してもらおうというお話がありました。おそらく、ある程度の年齢以上の人たちは、子供の時、川を堤防の向こうに追いやって、危ないから近寄らないという期間が長くて、それよりももっと年長の人たちは、子供の頃に川に入って水泳をしたり、生物の勉強をしたんじゃないかと思うんです。多分、今の行政関係者のほとんどは、川から離れていた世代ではないでしょうか。
 まずもう一回、川の方から陸地を眺めてみようかなという時期だと思います。
残間  浅野さん、河川敷をお年寄りの施設とか、福祉の施設に使うようになつてきています。河川敷と言えばスポーツ公園かゲートボール場だけだった頃とは違う状況になってきていますが、まちづくりという視点だと、川の持つ可能性はどんなものなのでしょう。
浅野  やはり川が好きな人は多いと思いますが、好きな人だけに川を楽しませておけばよいかというと、それはもったいない。ある意味で無理矢理、川を好きにしむけるということも必要ではないかと思います。
 これはものすごく短絡的ですが、中学生がナイフで先生を殺してしまつた子とか、神戸のA少年は、川に親しんでいたのでしょうか? 川に親しんでいたら、あんなふうにはならなかった気がするんですね。おそらく川には。”癒し”とか情緒を育むとか、心とかがあるんだと思います。
 「センスオブワンダー」という言葉を最近好んでいるのですが、驚きを感じるセンスとでも言いましょうか、それを子供の頃から育むべきではないでしょうか。生命がいっぱいある川で、驚きを持つて川を見るということは、自然に親しむというレベルだけではなく、実は人間の発達、情緒、学習、教育という面でも、たいへん大きな意味があると思います。
 さらに宮城県内で河川愛護会というのが206団体あります。清掃や除草の活動をしている河川愛護団体ですが、これは皆non-profitorganization、NPOです。ですからNPOを始める時にも、何が最も可能性があるかというと、川関係なんです。そのような意味でも川は非常に魅力的ですね。

他分野との交流

残間  隈さん、今まで河川は土木を中心とした、川の専門家の方たちに占められていたことは否めないと思うんです。ようやく状況が変わりつつありますが、今までは建築とかデザインの人たちは、なかなか川の分野には入って来れなかったのですか、それとも入って来なかったのですか。
 入って来れなかったのです。例えば、デザインとか建築でもちゃんと領域がはっきりとしていまして、土木関係のデザイナーと建築関係のデザイナーとは分かれているんですよ。完全に違う村に所属しているようなものです。これはデザインの質から倫理感から全部違います。酒の飲み方も、カラオケの歌まで違うという世界です。ちなみに土木の人たちは豪快に酒を飲む方が多い感じなんですが、僕ら建築はもう少し上品に飲みます(笑)。
 それが今クロスオーバーし始めています。おそらく河川あたりの動きがきっかけとなり、環境の問題がクローズアップされたことによって、いろいろな人を入れていこうということになったのだと思います。
 例えばランドスケープ(景観デザイン)というもの。日本にはそもそもランドスケープという発想がなくて、造園、庭師なんですね。アメリカにはランドスケープという、景観をデザインすることが学問としてありまして、その専門家は大変なエリートなのです。そういうランドスケープや建築という違う領域の人が川の世界に入り込み始めていて、これはおもしろくなってきたなと僕白身も思つているわけです。
 自分に関連した話をすると、今、石巻市の北上川沿いに運河資料館というのを設計しています。これは二つの領域が合体した物にしようと思っていて、建築物としては見えないように、土手がちょっと盛り上がったようなものにしています。土手が盛り上がった中に建築が埋もれているので、見方によつては土手です。建築ではなくて見方によっては道路にも見えます。北上川沿いにきれいな散歩道があって、散歩道が土手の中にもぐつていくと知らず知らずのうちに建物に入っている。だから、何となく建築でもあるし、道路でもあるし、土手でもあるみたいな性格を持っていて、これは自分でも画期的だと思つています。
 こんな風に、いろんなジヤンルの人間がクロスオーバーすることで、おもしろいことができつつあるなという感じですね。
残間  青山さん、土木と建築では、取り組みにどんな違いがあつたんでしょうか。
青山  例えば一生懸命仕事をしている人の顔は美しいですよね。確かに、今まで私ども土木関係者が考えていたデザインというのは、結局それと同じように、力学的な設計で、ピンと張り詰めた設計をやってきました。どっしりしているような橋とか、ダムとかが美しい、という考えがあったと思います。ただ、すぐ飾りをつけたりしてしまうのですね。そこがまだまだ質を磨かなければいけないところです。
 私は子供を抱いた母親の微笑のような、そしてさっぱりした単純な美しさ、それが土木構造物のデザインが基本的に目指す方向ではないかなと思つています。しかし、こういう議論をしだしたのもつい最近です。

日本人の心と川

残間  2005年に愛知県瀬戸市で、国際万国博覧会が開催されることが決まりました。大阪万博から数えて35ぶりのことです。中沢さんはその理念を考えています。
 中沢さんのテーマは「新しい地球創造、白然の叡知」といつて、自然の持つ力をもう一度見つめ直し、新しい人間と自然、人間と地球、あるいは人間と環境の関係を見せていくのが、これからの博覧会なのではないかというものです。中沢さん、環境というのはもはや無意識的に、皆が考えなければいけないところまできていますよね。
中沢  そうですね。あの自然の叡知という言葉、僕が言うと「自然のH」ですかと言われそうですが(笑)、それも当たってないこともないんです。つまり、自然の生命力というか、そういう内側に秘められたものに、これから人間は目を向けなければいけない時代になっていると思います。
 先ほどから河川の話を伺っていると、やはり人間の外にある世界というのは、人間の心の中に起こっている変化の投影なんだなとという印象を強くします。日本の教育の問題、組織の問題、これは全部人間の心の内面に起こっていることですけれど、それが外側に投影されてくる一番端的な例として、河川があるんじゃないでしょうか。
 先ほど神戸のA少年の話が出ましたが、僕たちがあの事件の報道を見ていて、一番胸を締めつけられたのは、おそらく少年が育つたまちの全景を写した写真だったり、テレビの映像だったと思います。タンク山という山があって、コンクリートで地面を覆って、そこに巨大な住宅群が並んでいる光景を見せつけられたわけです。あれは、今、日本人の心の内面で何が起こっているのかを計る、重要なものさし、バロメーターになると思うんです。
 日本の町は、ことに城下町といわれた所にはたくさんの堀がうがたれていました。そしてこれが暗渠に埋められて、都市の光景がどんどん変化していきました。しかし、この都市の変化は、人間の内面におこっていることの投影だったのだということを、今日本人は思い知らされていると思います。私たちは川の扱いを問違つた。川の扱いを間違つたということは、人間の心の中を流動していくもの、つまり生命の扱いを間違つたということの証だと思います。だからこそ、阿川行政がドラスティックに変わりつつあるのでしょう。
 ところでヨーロッパの場合、セーヌでもテムズでもいいですが、石づくりですね。両岸を石で覆つてその中を川が流れています。日本人というのは、川と陸地の間の川岸、この中間状態をどう扱うかということに非常にデリケートな民族だと思います。日本人はここからここが川岸で、ここからここが川だというようなビシッと分けていく空間の使い方を好まない民族のようです。どこからどこまでが水で、どこからどこまでが川岸なのかわからないような入り組み方をした所を、たくさん作つています。中間の領域ですね。さっき隈さんが運河資料館の話をされましたが、全く同じ考え方だと思います。
 今回の万博のテーマもこの中間の領域に着目したものです。名古屋の近郊に森が残つていて、ここが愛知万博の会場になるんですが、この森は日本人が昔から言っている、里山文化の代表的な場所といえます。
 里山というのは、人間の営みと人間の手があまり入らなくなる、ちょうど中間状態みたいな所だと思います。泥田があったり、蛙がいたり、いろいろな動物がいたり、植物が生育したり。そういう中間状態に日本人は重要な文化を作つてきたんじゃないでしょうか。私たちが持つている心の成り立ちにふさわしい構造とは、この中間状態をいかに豊かに、奥行きのあるものに作り上げていくかということにかかっていると思います。
 ですから、コンクリートで河川を埋めないとか、川の流れと堤防の間をどのようにデザインしていくかが大きな問題になっているということは、おそらく日本人が自分の内面にとつて何が一番重要かを、苫い体験をして、いろいろな代償を払つて、ようやく気がつき始めているからじゃないでしょうか。河川の問題というのは、おそらく今日本人が抱えている様々な問題の象徴になっていくような、重要な場所なんだと、お話を聞いていて感じましたね。
平山  私も同様のことを考えておりまして、やはり川に現れている現象が、裏返せば社会のひずみの現れだと思います。戦後50年、昔と今、川の場面の何が違うのか、何を失ってきたのかというと、自然とのダイレクトな関わりです。ですから、社会のひずみを直そうと思えば、そこに注目するしかありません。
 河川審議会で地域連携や、地域と自然の共生などいろいろ提案されていますが、これまでの経済至上主義的な考え方、あるいは機能重視の考え方の延長では、実現していかないのではないかと思います。やはり川に人つてみる、川からものを見る、そういう視点が絶対必要です。それなしには、今社会で起こっているようなことは直っていかないのではないかと思います。
 自然の体験、川と地域の関わりの復習といいますか、歴史を勉強するということ、それが川と地域の関係を再構築する第一段階だと思います。急激な変化の時代こそ、原点に帰って、自然に入ってみるという取り組みが必要だと思いました。

地域性を生かしたデザインを

残間  青山さん、少し前にコンクリートだけで固めるのはやめましょうということが新聞に載りました。実際のところ、私たちの目にふれる川で、どのような整備に移行している状況なんでしょうか。
青山  むきだしのコンクリートは認めないというスタンスです。淵になって洪水時に非常に水当たりが強いところとか、どうしてもコンクリートがいるところもあります。そういうところは、コンクリートの上に土をかぶせるなど、そういった対応をしていくということです。
 いずれにしましても、戦後50年で毎年のように洪水が起こつたわけです。それを何とか壊滅的なことから免れるという手当てだけ一生懸命になってやってきました。それはかなり成果は得たと思うのですが、結果的に日本全国同じような川になつてしまつたのでは、50年後、60年後の人たちに対して申し訳ない。それぞれの地域での植生、地形、気候、風土などを生かした川づくりというのが、一番地域らしさを出せる。むしろ川の方がそれを出せるのではないかという発想が大切だと思います。
 河川の皆さんが景観と言い始めたのは、大変画期的だと思うのですが、今、景観というのがどこでも同じようなデザイン手法になつているんです。河川だと、自然の石を使つたステップのようなものを使つた劇場風なものにするとか、最近の河川の景観というのは同じようになりがちなんですよ。
 治水の時代に全国同じようになったのと同様、景観の時代でも、景観というお題目のもとに全国の川が同じように化粧されてしまったのでは、つまらないと思います。今の青山さんのお話で、地域性を大事にというのは大変大事な話だと思いました。
 ところが、どうもお役所には前例主義みたいなところがあるんですね。特に土木の方は、これと決めたら皆さん同じ所へ行くというメンタリティの方が多いものですから。前例主義的なものが強く働いて、他でこの手法でやっているから、これなら間違いないだろうという形でいくんです。あと50年ぐらいたつと、l990〜2000年代は景観と言いながら、一番川を破壊した年代だったと言われかねません。景観というのがテーマになった時こそ、自然環境を
破壊する可能性が、一番大きい時期なんですね。そういうつもりでやつていただきたいと思います。

北上川のアイデンティティとまちづくり

残間  両知事にお伺いしたいのですが、高知県の四万十川が全国区になりましたね。あるいは三重県の北川知事は今、宮川、宮川と、日本で一番美しい川の宮川の三重県ですと言い始めています。そういう意味では、川というのは行政側から見ても、まさに新しいまちづくりの基軸になつてきている感じがあります。そのあなりの可能性はいかがでしょうか。
増田  やはり故郷の川、母なる川にはそれぞれの人たちの特別な思いがそこに表れてくると思います。確かに高知の人たちにとっては、四万十川はそれだけのものだと思いますし、広瀬川だつて地域の人たちの思い入れがある。故郷の川に対する思いというのは、利水とか治水とに限らず様々な付き合いを、川と上でにやってきたところから生まれたんじゃないでしょうか。
 これは隈先生が一番ご存知だと思いますが、少し郊外に出ると別なのですが、都市部、大都市になればなるほど、川辺にある日本の建築物は川から背を向けるように建っています。川は汚いものを投げ捨てるような、そちらに向けたら大変だというような意識があるのではと思います。川に向いて、川を思い切つて利用できる建築物が建てられるような清流なら、そして五感で川を感じられるなら、喜んで皆さんそういう建築をするでしょう。
 自然を生かした堤防づくりもできるわけですし、あるいは岩手などでは大変かもしれませんが、東京では今、地下河川を掘って、洪水の時にはそちらに流して、上の川は清流をそのまま流したり、あるいは別の流れを作つたりするなど、いろいろな手法があるようです。行政の取り組みとして、そういう条件面までしっかりとやって、その上でそれぞれの人たちが思う存分自分達なりに川を利用することを、この北上川でしっかりとやれば、おそらく四万十川や宮川などと共に、それぞれのお国自慢の中に浮かび上がってくるのではないかと思います。
浅野  北上川はすごく良いですよ。ようするに売り込みですよね。こんなに素晴らしい北上川という資源を持っていて、売らなければ損。四万十川でさえと言ったら怒るかもしれませんが、北上川だって捨てたもんじやありません。
 それから先ほど青山さんのお話で、10年前、大蔵省に予算を取りにいっても環境のことを言いだすと、そんなにお金が余っているのかと言われると。これですね問題は。つまり機能にしかお金を出さないということです。治水、利水は機能です。川というのは、そういうことだけではないということでI80度変わったわけですよね。すると川で変われたのなら、他のものでも変われるはずなんです。様々な行政も、人の心も変われるかもしれない。
 私が心配しているのは、例えば宮城県でも、今は何とか里山は守られています。これはたまたま景気後退という僥倖に恵まれているからです。里山を売っても住宅にならないし、いまさらゴルフ場も作れないからです。しかし、これが景気回復したら、仙台に近いところから里山があつという間に無くなるおそれがあります。残念ながら景気回復した直後から、わっということになるでしょう。
 その意味で川は先輩だと思います。180度変わつたのですから。だとすれば機能オンリーというようなことから、もう少し自然というものを我々の中で内在化、哲学化し、共有化しなくてはいけないと思いました。
 ですから、今回のパネルディスカッションで意義深かつたのは、川だけで、白然環境の保全全般、もっと言えば世の中の営み全般といえば広すぎるかもしれませんが、そういうところにまで議論が及んだ点です。
 北上川は、我々がお金を出して買ったわけでもありません、貴重な資源であり、これを利用しないと損だと改めて思いました。
残間  平山さんは北上川の河畔でずっと育ったわけではなくて、外からいらしたから、よりこちらの良さがわかるという面もあると思います。やはりこれからはその良さを、より多くの外の人にも知ってもらい、地域外からも意見をいただくということが必要なのではないでしょうか。人も見られると、どんどんきれいになつていきますよね。そういうことがそろそろ北上川にも必要なのではないでしょうか。
平山  元来この「みちのく」というのは、潜在的な力や資源はあるんですが、西の方から仕掛けられてきた地域で、あまり発信というのが得意でない地域だと思います。
 今日のテーマと相反する意見なのかも知れませんが、私自身は、今、内部が頑張ってここの地域がよくなればいいのかなと考えています。売らなければ損という感じで捉えるよりも、まず自分たちがしっかりすること。それ自体が発信になっていくのではないでしょうか。そのように私は思っているのですが。
残間  私などからすると、もったいないと思います。やはりこれだけのものがあるのですから、混ぜて欲しいという人に入るなとはおっしゃらないでしょうけれど、でももう少し積極的に良さを外に向けてもいいのではないかと思います。
 四万十川の成功は、ストーリー作りのうまさだと思うんです。名前も渡川というのを四万十川に変えてみたり、あるいは沈下橋という橋をク口ーズアップしてみたり。こちらの人は奥ゆかしいのか、何かもったいないという感じがどうしてもあるんですね。
平山  そうですか。私は実践の方を一生懸命やっている人間だということもありますが、そういうことこそ浅野、増田両知事にお願いしたいなと思います。
中沢  僕は北上川は東北の川だと思います。では東北の文化は何かというと、「死者」とか「先祖」のことを考えている文化だと思います。田舎を歩くといつも感じます。前の時代の人の視線を感じながら、生きている文化だなと。
 最近僕が川ですごく感動したのは、テレビ番組だつたのですが、アメリカインディアンの記録映像です。バンクーバー近くの北西海岸部の部族なんですが、自分たちの伝統文化は完全に崩壊の危機に瀕していました。そこで自分たちの文化を復活しようという運動が起きたわけです。若い連中にもう一回昔の衣裳をつけさせて、昔の巨大なカヌーで各部族がバンクーバーに向けて川を逆上っていくという、皆の祭を再現しようとする試みが持ち上がりました。その土地は様々な部族に分かれているんですが、もともとはこの川を通じて人間はーつだつたし、そこで鮭と一緒になったりして暮らしていたんだと。それをもう一度再現することによって、自分たちの精神的な根源をもう一回確かめてみようという試みといえるでしょう。今の若い子たちですから、皆の習俗など知らないのですが、一生懸命やっていました。
 それを見ていて東北のことを思ったんですよ。やはりここには何かがあります。とても深い文化的なアイデンティティがあるところですね。
 人間がこんなふうに分かれたりする前の、神話ぐらいの深い時代へ到達していくようなものを、東北だったら作れるのではないでしょうか。歴史よりもっと古いものがあるのだろうと思います。
 さきほど知事さんたちがおっしゃった、川の方から陸地を見るということは、死んでいる人間から、生きている人間を見るというところまでいくと思います。そういうことを川は教えてくれます。確かに川に出た時には、陸地にいた時と違う目が獲得されると思います。まるで、精霊船に乗った、死者のような気持ちになります。
 これは僕の想いですが、何か川というのは、単に環境だとか、健康、レクレーション、エコロジーとかだけでなく、もっと深々としたものが可能性としてある場所であって、東北とはそういう所なんだなと思います。ですから、全国発信を考える時には、四万十川みたいなやり方をしてもだめだと思います。もっと東北の地域性を見つめ直して、びっくりさせてやった方がいいですよ。
残間 平山さん、今の中沢さんのお話をうけていいかがですか。平山さんのおっしゃっていることと過激度は違いますが。
平山  非常に感銘深くお聞きいたしました。私が言いたいことを過激に言つていただき、まさしく自分たちをもう少し高めないといけませんね。我々はまだ未熟ですが、中沢先生のような励ましをいただければ、我々の考え方もそれほど間違つてはいないかなと思います。
中沢  いや、全然間違っていないですよ。

北上川の未来に向けて

残間  それでは最後に北上川とこの流域に向けて、皆さんからエールを送っていただこうと思います。
浅野  ともかく今日は感動しました。この会場が一杯になるとはびっくりしました。これだけの方々が北上川をどうしようかということで、昼のこの時間に来られたことに。そして行政も、そして私もそれに応えていかなければいけないのではないかと、思いを新たにしました。
増田  先ほども言いましたが、川から陸地を眺めようと思っています。
そこで素朴に一人の人間に立ち返つて、昔の縄文人に立ち返って、鮭をとつて、狩猟・採集をして、そこからどういうことが見えるかというのをやろうかと。さらに行政においても、そういう視点で展開しようかと思つています。
青山  増田知事がおつしやつたように、縄文人の心といいますか、素朴さというのを、この東北に動して感じています。
 岩手の話なんですが、盛岡から2時間かかる、宮古の北にある田野畑村という無医村だつたところに医者が来たんです。ところが医者の奥さんが白血病になつてしまい、最後の数年間は奥さんの好きな山菜取りで過ごさせてやろうと、村人たちと非常に楽しく交流されたんですね。それで奥さんが、御礼として村人たちに梅の枝を送ったんです。
 奥さんは2年ぐらいたってお亡くなりになりました。村長はあわてて湘南にある奥さんの実家の葬式に行かれて、弔辞を読ませて下さいと頼んで待っていたところ、大型バスとマイクロバスが6台くらい到着したそうです。200人を超える人がぞろぞろとやって来たんですが、それが全部田野畑村の村民だったんです。夜通しかかって、葬式に駆け付けてきたわけです。
 村長さんは弔辞を読むのですが、「あなたからいただいた梅のつぼみがふくらみかけてきました」と言って絶句してしまうんです。
 それからしばらくして、医者が村にもどつて来るんですが、「私はこの村に単身赴任します。葬式の時に村の人たちがあんなにたくさん来てくれたことを思えば、とても他には行けません」と言ったという実話があるのです。
 東北に来た頃、なぜ東北が好きなのだろうと自問自答していたのですが、結局はそこだと気づきました。ずっと東北にいらっしゃる方は気づかないかも知れませんが、私のように三大都市圏に勤務して、それから初めて東北へ来た者なんかは、強烈に感じます。それは田野畑村だけでなく、青森でも秋田でもどこでもそうだと思います。自分たちは素晴らしいところにいるんだという誇りを持って、頑張っていただけたらと思いますね。
残間  非常に工学的な視点と、文学的な視点を持っていらして、こういう方が東北地方建設局の局長というのは、とても心強いと思います。では、最後に隈さんと中沢さんからも一言エールを送っていただいて締めにしようと思います。
 先ほどの中沢さんのお話で、東北らしさというのがすごく面白いと思いました。東北らしさと川というのを結びつける視点というのが、僕、今日まで思いつかなかったんです。精霊流しの船に乗った視点というのがすごく印象的で、そういう川の神秘性を生かした建築というか、川づくりみたいなものをしたいと、がぜんやる気が出てきました。
中沢  私はここのところ山形県ばかり行っていて、最上川ばかり見ていたのですが、これを機に北上川の方へも足を仲ばすことを決心いたしました。またお呼び下さい。
残間 今日、「北上夜曲」という歌の歌詞カードを見て、中沢さんとー緒にびっくりしたんですが、「君は楽しい天国へ、僕は生きるぞ生きるんだ」という部分があるんです。女の人は楽しい天国へ行って、僕は生きるぞというのが、歌詞の最後でした。地元の方が作詞したそうですが、ある種の野生というものが息づいていることを感じましたね。
 北上川は前からとても好きな川だったんですが、さらに文化的色合いとか、建築という新しい領域からの話を交えると、もっとおもしろい北上川像ができるんじゃないかと思っていました。
 しかし平山さんの、「いたずらに広く知らしめるだけではなく、まず自分たちがしっかりしなくてはいけない」というお話もありましたように、地道に川というものに向き合うことの重要さも、あらためて感じたところです。
 今日は広く日本人というところまで話が及びましたけれども、何かこの時代を感じさせるような議論になつたのではないかと思っております。本日はご多忙の中、多くの方々にご参加いただきまして、ありがとうございました。