| 読売新聞 YOMISAT 中国・アジア衛星版
リレーエッセー香港
1998年7月22日(水曜日)掲載
鼻白むエコ空港
このところなにかと暗かった香港に、一筋の光が射した。低迷していた株価が、日本 の参院選後の経過を好感して、いくぶん値を戻したのである。
よくも悪くもアジア経済のリーダーでありながら自覚に欠ける日本に、隣人達もずい ぶんと煮え湯を飲まされたものだが、「日本も捨てたもんじゃない」とにわかに沸き立っ
た。
先の立法議会選挙が、蓋をあけたら誰一人予想だにしなかった高投票率を記録し、思 わず口をついたのが「香港も捨てたもんじゃない」だった私は苦笑いする。
基本法により二〇〇七年まで実施の目がない普通選挙の早期導入を巡って、成立早々 の議会は揺れた。
民主化のスピードばかりに目が行き、環境のような火急の問題の解決がおろそかになっ ては困る、とずっと思い込んでいた。だが、どちらの問題にしても、わりをくうのが下々
のものである限り、ほっかむりを決め込むのが民衆の頭越しに決まった政府の常らしい。 ここはやはり、「環境のためには民主化」で、急がば回れ、なのかもしれない。
「回帰周年(返還一周年)」の呼び物として鳴り物入りでオープンした途端に麻痺し、 囂々たる非難にさらされている新空港にしても、香港人の頭越しに行われた英中返還交
渉の落とし子である。
開発に当たって、なるべく身内に落札させ、香港の有り金さらっておさらばしようと いうイギリスと、そうはさせじという中国と、すったもんだした経緯がある。
当面、貨物を旧・啓徳空港とマカオに振り分け、やっとしのいでいる状態で、深せん も30%キャパをアップして支援に臨むという。
ほらご覧、やればできる。かの昔、「啓徳で捌ききれなきゃ深せん、マカオに接続せよ」と、新空港不要論を唱えた私は、一人先見の明を誇ってみる。
残念ながら何の証拠も残っちゃないので、不況になった途端に「だから言ったじゃな いの、龍も逃げた」と言い出す風水師のごとく、うさん臭がられても仕方ない。
しかし、あんないたいけな赤鑞角(チェクラプコク)島を伸し烏賊の如く伸してまで、 自分ちの敷地内に空港作るか? 啓徳跡地をめいっぱい埋め立てて再開発したいか? 早
晩あわれ「ビクトリア運河」と化し、おまけに下水も垂れ流しの港から、龍が鼻を摘んで 退散したとしてもおかしくない。
島のてっぺんをぶっとばした土砂で埋め立てた赤鑞角に限らず、鉄道を引いたセントラ ル、西九龍、ランタオ島北岸も激しく埋め立てられ、中華白イルカは生活圏を奪われて絶
滅の危機に瀕している。
「エコ空港」と当局がいばるから何かと思えば、イルカのいない時を見計らって発破か けました、というのである。カエルも引っ越しさせました、木も植えて下水はリサイクル
してます、と言われても鼻白むばかりである。
好況の勢いで立ってしまった計画を見直すどころか、公共事業こそ不況のカンフル剤と ばかり、観光不振にはテーマパークを、なんて話まで持ち上がった。
かねてから歴史的建物を含む景観の保存を主張し、「港を救え」運動(私も嘆願書に署 名した)も巻き起こした環境活動家達が、それなら観光客のニーズの本当のところを探ろ
うと街頭アンケートをするというので、私も手伝った。
すると案の定、風景の占める位置が大きく、あとは買い物がちょっとであった。「ディ ズニーランドは?」「カジノは?」なんて水を向けようものなら、とんでもないという反
応が返ってくる。
こうして見ると、無い物ねだりをやめ、せっかくのお宝、即ちコロニアルのよき昔をし のばせる町並み、東洋の真珠と讃えられたハーバー・ビュー、東西文化の融合とコスモポ
リタンの気風を大事に保存し、足下をかためるのが一番と思われる。
さらには、インフルエンザなど衛生上の不安を解消し、港がかすむスモッグももっての ほかで、大気汚染など環境問題の解決も待たれる。
素人に政治的駆け引きはわからん、と鼻もひっかけてもらえなくとも、こうした予言 (?)をふれ回るのは、イルカは言うに及ばず、龍も住めない街が繁栄するとはとうてい
思えないからである。下がった下がったと大騒ぎの域内総生産(GDP)にせよ、数字に 生活の質は現れてこない。
素人にだって「一票」や「嘆願」が許されている限り、なるべく騒ぎ続けるつもりだ。
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