| 読売新聞 YOMISAT 中国・アジア衛星版
リレーエッセー香港
ホスピス運動への共感
この春、思うところあって、末期ガンの患者さんたちが暮らすホスピスにボランティアとして登録した。
ホスピスは、沙田の競馬場を見下ろす小高い丘の中腹にこぢんまりと建つ。花咲き鳥が鳴く庭には兎が跳ね、鯉も泳ぐ、という恵まれた環境だ。むやみやたらな延命措置を排し、患者さんの痛みを和らげることに主眼を置き、患者さんのみならず、ご家族も心理学者や宗教家のカウンセリングがいつでも受けられるようになっている。
香港人と肩を並べ、ここで2週にわたって延べ8時間のボランティア研修を受けた。受講者達は、いずれも家族や親しい友達を失った経験があり、中にはご主人をこのホスピスでみとり、今度はそのお返しがしたいと志望してきた夫人もまじっていた。
ホスピスと聞くと、さっとまゆをくもらせ悲壮感を漂わせるか、私を立派な人とかいかぶるか、のどっちかが大方の(健常者の)反応である。しかし、ボランティア仲間はそこのけに陽気だし、思いのほか患者さんたちの表情も明るい。一度デイケアセンターの遠足に付き合ったことがあるが、飲茶(ヤムチャ)では患者さんたちの健たん家ぶりに私の方が圧倒され、炎天下、ふらふらになったのも私の方だった。末期ガンであろうとも、日常は淡々と続く、ということだろう。
私が報酬目当てで来ていると思い込んだ患者のおばあさんに、コーディネーターが「この人家で暇にしてるのよ、おばあちゃんに会いに来るのが楽しみなの」と私のことを説明してくれたことがあった。「案外当ってるな」と苦笑したこともある。
患者さん達がしばしば訴えるのは「退屈」である。忙しい職員に代わって話し相手を務めるのが期待されるボランティア像なんだ、と最近わかってきた。
めでたく登録がかない、私に割り当てられたのは、毎週火曜日午前中の物理療法である。患者さんはじっとしていると、どんどん麻痺が進んでしまうので、簡単な屈伸運動に続いてお手玉やボールを投げっこする。広東語がおぼつかない私には、この身体を使う仕事が有難い。療法とはいっても、要するに遊びであるから、患者さんたちも夢中になって顔を輝かせるし、私だって一緒になって遊んでいればよい。
しかし、運動ができるのは、比較的軽症の患者さんたちだ。なじみの患者さんが気分がすぐれず運動できないときは、病室をのぞいて声をかけずにはおられない。ただ、身体が弱った患者さんたちのささやきを聞き取るのは難儀である。たったの数時間のたわいのないおしゃべりだというのに、その日はぐったりと疲れて家に帰るや否や昼寝してしまい一日使い物にならない。
車いすを押して庭を散歩したついでに食堂でお茶をおごってもらった患者さんが日に日に衰え、声をかけると、うっすらと目を開け、苦しい息のなかから「よっ、青見女」(青見女は、広東語でべっぴんの意味)と呼ばれて、胸をつかれたこともある。
寝たきりになっても、私の「医生」(医者の意味で、発音は「イーサン」)の発音を聞きとがめ、「姨甥(イーサン)女」は「姉の娘」のことだとつっかかってくるおばあさんもいる。
もともと出生が自然であるように、死も自然である。
しかし、病院で死ぬのが当り前となった今の世の中では、かつてのように日常生活の一環として、人が自分の家で生まれ、死んでいくのは至難の技になった。
こうした状況の中で、「死」を人生の避けられないプロセスととらえ、出来る限り安らかな死を迎えるための環境作りをめざすホスピス運動の精神が、ここ香港に根付きつつある。
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