| 読売新聞 YOMISAT 中国・アジア衛星版
リレーエッセー香港
1999年1月27日掲載
養子を認める温かさ
私ももうじき親になる。
とは言っても、腹を痛めるわけではない。養子をもらうのだ。
申請からマッチング(縁組み)まで一年ほど、法律上の手続きにさらに半年ほどか かるとは言え、世間が思うほどには成功率が高くなく、福音とばかりも言っていられない治療では保証しかねる「我が子」が、確実に授かる安心といったら!
(体外受精の場合、子供に恵まれる夫婦の割合は1割強とされる。)
思えば長い道のりだった。 幸い、これといった人種・性差別を受けずに来たが、子供がいない、の一点ではあ からさまな差別を受けた。
仕事をすれば、キャリア優先の冷たい女。やめればやめたで、良くて怠け者、悪くすると子供嫌いのわがままな女、とレッテルを張られる。
勇気を振り絞って、実はかくかくしかじか…と事情を明かせば、毎年年賀状に「子供はまだですか?」と書いて寄こす同級生。やり方がまずい、と実技指導に及ぼうとするオヤジ。人の身体(私は細身である)をじろじろ見ては、納得顔をする同性。
女ならばだれしも、自らのフェミニティ(女としての在りよう)が、アイデンティ ティ(人としての在りよう)に大きな比重を占める。
産む性として失格という烙印に、 存在の根っこのところがぐらりと傾ぐ。
男の子が大事にされる中華文化圏に属し、大家族制度の名残を引きずる香港では、 跡取りが産めないだけでも相当のプレッシャーである
。自殺を企てる者が出るのも無理はない。
リベラルな義父母に恵まれ助かったものの、野生が売りの私にとって、みみずだって、おけらだって、あめんぼだってすなる繁殖がかなわぬとは、「生き物として」背負った十字架の重さによろけた。
まがりなりにもグレず(?)に来られたのは、自助グループの仲間達のお陰である。
香港も先進国の例に漏れず、今や六組に一組は欲しいのに子供に恵まれず医者の門を たたくという。それなのに、男女の自尊心を根底から揺るがしもし、社会制度の根幹
を成す家族の形をも揺さぶる不妊は、いまだにタブー視され、人々の口に上ることは 少ない。
かくいう私も、グループの先輩に勧められ、エリザベス・キュブラー=ロス博士が 著した「死ぬ瞬間」を読み、死の受容五段階を経て、ようやく産めない自分と和解す
るに至った。
子孫を残すという行為は、自らの命を未来につなぐ、いわば永遠の命を 得ることでもある。
不妊が生きながらにして体験する死であるゆえんだ。
しかし、親となり「人として」の喜びを味わう道まで閉ざされたわけではない。
人格を形成するのは遺伝が3〜40%、残りは環境なのだそうだ。知性は90%までが遺伝 という説もあるが、これからの世の中IQよりもEQ、心の時代だ。産んでなんぼ、というよりも、育ててなんぼ、の親稼業と言えはしまいか。
それにしても、感服するのは、キリスト教精神のなせる業なのか、西欧人の懐の深さである。 社会福利署の説明会に出たら、実子が三人もいるテニス仲間に出くわし、たまげた。
ご近所じゃ目や髪の色が違う親子もざらである。
しかも、中国人夫婦に比べマッチン グの優先順位が下がるがゆえ、障害がある子供を率先してもらう事情をさっぴいても、 彼らの愛の間口の広さには頭が下がる。
私は決して西洋かぶれではないつもりだが、養子をもらうと言うと、往々にして珍 しい動物を見るような目で見る日本人に比べ、手放しで喜んでくれる西欧人に励まさ
れることしきりである。
基本的に努力しさえすれば何でもかなうとがんばり、それなりに報われてきた私の 人生にとって、初にして最大の試練。今の自分に鍛えてくれたと有り難く思いこそす
れ、運命を呪う気持ちは不思議とない。
ホルモン剤の副作用で身体はがたがた、出口の見えない治療を降りるに降りらずに いる同胞を思う時、レースの上がりはなにも血のつながった子供を産むことばかりじゃ
ない、と養子の選択肢を用意してくれる社会の有難みをかみしめる。養父母の自助グ ループもそろっているし、なんだかんだ言って香港社会の深い懐のおかげを被ってい
るのである。
|